―― 『夜明け告げるルーのうた』は原作のないオリジナルストーリーです。物語の主軸になっている「14歳の少年による心の解放劇」は、湯浅監督が長らく描きたかったテーマなのでしょうか。
湯浅 僕は大ヒット作を監督したことがないので(笑)、反響がないとよくネットでエゴサーチをして、自分の作品を観た人の反応をこまこま確かめるんですよ。すると、「人には薦められないけど、好き」「皆には薦められないけど、面白かった」なんてコメントがよく見つかる。謙虚というか、消極的というか、最初はなぜそんな言い訳が必要なのか不思議だったんです。本来、 自分が感じた「好き」は、言い訳なしで「好き」と言っていいはずなのに。
―― 多くの人が好むものでないと、「好き」と公言できない空気があると。
湯浅 若い人に限らないかもしれませんが、「人と違っている、変わっている」と思われるのが嫌な人が多いように見えますね。若いうちは生きている世界が狭いですが、 世界はもっとずっと広いし、本当にいろいろな人やいろいろな場所がある。その中にはとても自由で、自分に影響なければ他人に寛容な場所もある。それは楽(らく)だと思いますけどね。そういうことがもっと早い段階で感じられればいいのになぁと思っていました。
―― 作った音楽を匿名でしか発表できない主人公の少年・カイの気質は、それを表しているんですね。
湯浅 知らず知らずのうちに周囲に合わせちゃってるんです。近年の雰囲気は、王道から外れたり、危険とされてる道に入ると、すぐに外野から「専門家がこう言ってるから、できるわけがない」「戻れ」「変更しろ」なんて声が飛んでくる。前へ進もうとしているのに足を引っ張られたりして障害になる事もある。そんな、いろいろな 呪縛に固められた少年の心を開く存在として、人魚のルーがやってくる。
―― “外野”とは、本作の舞台である漁港の町・日無町(ひなしちょう)の多くの住人たちでもありますね。閉鎖的な町を象徴する存在というか。
湯浅 やれると思ったことは、大概やれると思ってるんです。山谷あるとは思いますが。たとえば、この映画には泳ぎを覚えるシーンがあります。人間って不思議なことに、「沈む」と思って身を硬くすると沈むし、「浮く」と思って気を楽にすると浮く。それって不思議ですが、分かる感じがします。もっと言うと、余計なことを考えないで目的地への障害を克服する事に淡々と身を任せていれば、いつの間にか目的地に着いている。これは、劇中歌に使わせていただいた斉藤和義さんの『歌うたいのバラッド』の歌詞にも通じています。ちなみに、僕は泳ぐの得意じゃないんですが(笑)。
―― そんな青春物語を彩るのは、湯浅作品にしては少々意外な、かわいらしいキャラクターたちです。
湯浅 たしかに今までの僕の作品は、流行を追った絵柄じゃなかった(笑)。しかも「絵が見づらい」って感想もよくいただいてたんですよ。それもあって、出来るだけ挑戦してゆきたいという気持ちになり、少女マンガテイストのねむようこさんに、キャラクター原案をお願いしました。候補の描き手さんは他にもいらっしゃいましたが、 この映画の世界観を実現できるのは、ねむさんしかいないと思いました。
―― 湯浅監督から見た、ねむさんの絵の魅力は。
湯浅 シンプルで、あまりカチっと描き込まれていないのに、それでいてリアルな佇まいが表現されているところですね。それにアイデアも豊富なんですよ。ルーの着ている服がワカメなのもデザイン案にしっかり描いてありましたし、ルーの頭の中を魚が泳いでるなんて、僕は全く考えていなかったアイデアでした。魚をずっとアニメーションとして動かすのは大変でしたけど、 新鮮な人魚像になりました。
―― ルーのパパがスーツを着ている。
湯浅 パパはサメのような姿形をしているのですが、れっきとした人魚で、昔から人間の様子も見ていて、合わせる才覚もルーよりあるという設定です。ただ、昔々は彼も人間を含めていろんなものを捕食していて、人間とは仲良くなれないとも思っているのですが、娘のルーが人間と仲良くしたがっているのを見て、自分も人間を食べずに人の生活スタイルに合わせています。けれども、どこかふざけてしまうので、問題を大きくしてしまう感じです(笑)。彼が子供のために人間を食べないのは、人間が子供のためにタバコを我慢する事と同じくらいの感覚かもしれません。
―― ルーとルーのパパの声には、谷花音さんと篠原信一さんがキャスティングされています。
湯浅 可愛い声の役者さんもたくさんいましたが、ルーの一途で強い純真さを表現できる方として谷花音さんを選びました。徹底した演技指導で芝居が固くなってもいけないし、「素」すぎて意思が弱い様に聞こえてもいけない。 彼女は2つの方向のバランスをいい按配で表現してくれました。
―― 篠原信一さんの本業は柔道家ですが……。
湯浅 いやー、篠原さんはホントうまいんですよ。ここまでできるのかと驚きましたね。ルーのパパはセリフがなくてほとんど唸り声しか発さない役ですから、最初は声優さんを起用しないで電気的に合成したSE(効果音)にしようかとも思っていたんです。でも 篠原さんで大正解。こちらの要求に応じた声をサクサク出せる。芸達者なんでしょうね(笑)。
―― カイ役の下田翔大さんは、カイと同じ中学生(アフレコ時14歳)ですね。
湯浅 彼が力の限り叫ぶと、心から感動するんですよ。 上手い声優さんは他にもいましたけど、彼には本物の中学生ならではの、その年齢にしか出せないリアリティがありました。文字どおり、アフレコの最中にもどんどん成長していきましたからね。歌うシーンでは 「綺麗に歌わないで、とにかく叫んでくれ」とお願いしました。
―― カイによる『歌うたいのバラッド』歌唱シーンですね。
湯浅 物語の構成と歌の歌詞がぴったり合ってるんです。日無町の住人たちが抱えているプレッシャーのようなものを、カイが一心に受け止めて、歌に乗せて叫び、本心を吐露する。この映画は全編を通じて、 保守的でお堅い町がルーのもたらす歌やダンスによってゆるんでいく、解放されていく物語なんです。
インタビュー・構成:稲田豊史