監督湯浅政明インタビュー[後編]

[後編]滑らかで美しいアニメーション

“この映画はできそうもないことができちゃう寓話町のモデルは、京都、名古屋、倉敷…”

―― 湯浅作品といえば、動きの面白さを追求したアクションや、独特のパース(遠近法)、カメラワークを駆使した画づくりが特徴ですが、『夜明け告げるルーのうた』からは、また少し違った印象を受けます。

―― ご飯を食べる、町を歩くといった生活描写が、とても丁寧に描かれていますね。

―― 町の様子が克明に描き込まれていますが、モデルになった町はありますか。

湯浅 舞台に寓話性を帯びさせたかったので、特定の町はモデルにしていないんですが、行ったことのある町のイメージをモザイクのように掛け合わせています。名古屋の島の港町や倉敷の商店街も参考にしました。ちなみに「日無町」の名付け親は脚本の吉田玲子さん。東京の「田無(たなし)」から来ているんじゃないかな(笑)。

―― カイが住む家は、遊び心のある作りですね。

湯浅 水辺に張り出した「船屋」と道を挟んだ「母屋」の二棟で一対になっている造りで、船屋の1階は船の収納庫になっていて、そのまま舟を出せるようになっています。これは京都の与謝郡伊根町にある「伊根の舟屋」という伝統的家屋がモデルです。カイの家の母屋外観はまた別の家屋を参考にしました。複雑な間取りになっていて、部分部分参考にしていたら、カイの家が実際どういう構造になってるのか、僕もよくわからなくなってきました(笑)。

“水を描くのがものすごく楽しい。『2001年宇宙の旅』で、観客に異質感を与えたのといっしょ。”

―― 漁港の町を舞台に人魚が登場するとあって、画面にはたくさんの「水」が登場します。

―― 水が青ではなく、美しい緑色なのはなぜですか。

湯浅 お陰さん(※日無町の陽の光を遮る大岩のこと)の呪いや、人魚の魔法にかかった水は反自然的な力で動いている。だから自然の青じゃなく、入浴剤みたいな緑色なんです。

―― 水の動きが実に面白いですね。固形物のように直方体に切り出されたりして。

―― 水の作画にはずいぶんと思い入れがあるようですが。

―― 本作は全編をFlashアニメ(※)で制作されていますね。水の表現はFlashの特性とも合っているのでしょうか。

―― 町の人たちのダンスにも動きの面白さが表れていました。

湯浅 硬い雰囲気がダンスで緩む様なシーンが大好きなんですよ。映画『ブリキの太鼓』(1979年)で男の子が太鼓を叩くとナチスの兵士達がワルツを踊りだすシーンや、映画『フィッシャー・キング』(1991年)のニューヨークの駅で先を急ぐ利用客達が、突然ダンスを踊りだすシーンとか。この映画では、しょぼくれた町の住人たちがルーの力で踊りだします。僕もライブに行ったら、積極的に体を動かしたい方です(笑)。

  ※ Flashアニメ…アドビシステムズが開発しているソフト「Adobe Animate」を使用して作った「Adobe Flash」規格のアニメーションのこと。点の座標とそれを結ぶ線によって絵を描画しているため、動きの始点と終点の絵を決めれば、その間は非常になめらかに動かすことができる。絵を拡大・縮小・回転しても画質が変化しないのもメリットのひとつ。

“動き出す人を揶揄しては、失敗すれば安心する。でも自分が前に進みたいのなら目標を決めて進むしかない。”

―― 青春物語、キャラクターの魅力、音楽、動きの面白さなど、たくさんの間口が用意された作品ですね。

湯浅 小さいなお子さんにはルーやルーのパパに会いに来てほしいですし、もっと上の若い人たちなら、友達との出会いや、自分を取り巻く世界が広がっていく喜びや、歌やダンスに感じ入ってほしい。お子さんのいる親御さんなら、カイの父親の気持ちもわかるでしょう。おじいちゃんやおばあちゃんは、ぜひ昔の恋愛を思い出してください(笑)。

―― 作品を取り巻く世界観もすごくシビアで、現代の日本を思い起こさせます。

監督 湯浅政明

監督|湯浅政明

1965年3月16日生まれ、福岡県出身。日本のアニメーション監督、脚本家、デザイナー、アニメーター。サイエンスSARU代表取締役。オリジナルなイメージにあふれた作画・演出を特徴とし、童話をイメージするような独特な揺れた線、斜めに傾いた不思議なパースなどを駆使した独自の世界観を作り上げる。

夜明け告げるルーのうた

インタビュー・構成:稲田豊史

[前編]やれると思ったことは、やれる