―― 湯浅作品といえば、動きの面白さを追求したアクションや、独特のパース(遠近法)、カメラワークを駆使した画づくりが特徴ですが、『夜明け告げるルーのうた』からは、また少し違った印象を受けます。
湯浅 パースを歪ませるといったいつものギミックはアクションシーンで健在ですが、日常生活のシーンではできるだけオーソドックスな画づくり、演出を心がけました。今までにやってきた作品よりもっと本格的な、 王道の長編アニメーションを目指したんです。
―― ご飯を食べる、町を歩くといった生活描写が、とても丁寧に描かれていますね。
湯浅 町の風景もじっくり見せたかったんです。14歳の少年の話であると同時に、カイの住む日無町(ひなしちょう)という町自体の話でもあるので。「愚公山を移す」ということわざもありますけど、「できやしない」と笑われた事柄が、時間をかけたり、人の協力を得る事によって実現できてしまうという民話は世界各地にあるんです。この映画も同じで 「できそうもないことができちゃう」寓話なんです。
―― 町の様子が克明に描き込まれていますが、モデルになった町はありますか。
湯浅 舞台に寓話性を帯びさせたかったので、特定の町はモデルにしていないんですが、行ったことのある町のイメージをモザイクのように掛け合わせています。名古屋の島の港町や倉敷の商店街も参考にしました。ちなみに「日無町」の名付け親は脚本の吉田玲子さん。東京の「田無(たなし)」から来ているんじゃないかな(笑)。
―― カイが住む家は、遊び心のある作りですね。
湯浅 水辺に張り出した「船屋」と道を挟んだ「母屋」の二棟で一対になっている造りで、船屋の1階は船の収納庫になっていて、そのまま舟を出せるようになっています。これは京都の与謝郡伊根町にある「伊根の舟屋」という伝統的家屋がモデルです。カイの家の母屋外観はまた別の家屋を参考にしました。複雑な間取りになっていて、部分部分参考にしていたら、カイの家が実際どういう構造になってるのか、僕もよくわからなくなってきました(笑)。
―― 漁港の町を舞台に人魚が登場するとあって、画面にはたくさんの「水」が登場します。
湯浅 水中では息ができないから、人間にとって海は危険ですけど、ひとたびその特性をつかめば、その先には楽しく新しい世界が待っている。水中では上下左右と自在に動けますから、地上よりも自由度が高いですしね。 ひとつ壁を越えると広がる世界がある。
―― 水が青ではなく、美しい緑色なのはなぜですか。
湯浅 お陰さん(※日無町の陽の光を遮る大岩のこと)の呪いや、人魚の魔法にかかった水は反自然的な力で動いている。だから自然の青じゃなく、入浴剤みたいな緑色なんです。
―― 水の動きが実に面白いですね。固形物のように直方体に切り出されたりして。
湯浅 人魚達が使う水は、超常的であるのをはっきり示すために、自然ではないキューブ状としました。 キューブリックの映画『2001年宇宙の旅』(1968年)で、月面の四角いモノリスが観客に異質感を与えるのと一緒。水のようにほんらい形のないものがきちっとした形を与えられていると、そこに何らかの力が加わっていると感じますよね。
―― 水の作画にはずいぶんと思い入れがあるようですが。
湯浅 昔、TVアニメ『キテレツ大百科』の「ひんやりヒエヒエ水ねんど」(1988年放映、第19回)という回に原画マンとして参加した際、固形状の水を描いたんですが、ものすごく楽しくて(笑)。以降、「もっと描きたい!」という気持ちと、「もっとうまく描きたかったのに……」という気持ちがずっと残っていたんです。その後、イベントで上映された『スライム冒険記』という短編アニメでも水を描いたんですが、それでもまだ描き足りない。 いつか水をメインに据えた作品をしっかりやりたいなと思っていたところ、今回念願が叶ったわけです。できるだけシンプルに、空間を感じさせるような「動いて面白い表現」を追求しました。
―― 本作は全編をFlashアニメ(※)で制作されていますね。水の表現はFlashの特性とも合っているのでしょうか。
湯浅 水は絶えず変化するので大変ではありますが、 僕の考えるFlashの長所は「動きがなめらかで、線がきれい」。 だから、小さなものが形崩れせずにどんどん大きくなっていったり、水のように形状がなめらかに変わっていく描写には向いていると思います。従来の動画でやると、どうしてもガタガタしてしまいますからね。Flashは描線を手書きっぽくすることもできるんですが、僕はこの綺麗でシンプルな線が好み。Flashの専門家に言わせると「いかにもFlashっぽくてイヤだ」と言われてしまうんですが(笑)。
―― 町の人たちのダンスにも動きの面白さが表れていました。
湯浅 硬い雰囲気がダンスで緩む様なシーンが大好きなんですよ。映画『ブリキの太鼓』(1979年)で男の子が太鼓を叩くとナチスの兵士達がワルツを踊りだすシーンや、映画『フィッシャー・キング』(1991年)のニューヨークの駅で先を急ぐ利用客達が、突然ダンスを踊りだすシーンとか。この映画では、しょぼくれた町の住人たちがルーの力で踊りだします。僕もライブに行ったら、積極的に体を動かしたい方です(笑)。
※ Flashアニメ…アドビシステムズが開発しているソフト「Adobe Animate」を使用して作った「Adobe Flash」規格のアニメーションのこと。点の座標とそれを結ぶ線によって絵を描画しているため、動きの始点と終点の絵を決めれば、その間は非常になめらかに動かすことができる。絵を拡大・縮小・回転しても画質が変化しないのもメリットのひとつ。
―― 青春物語、キャラクターの魅力、音楽、動きの面白さなど、たくさんの間口が用意された作品ですね。
湯浅 小さいなお子さんにはルーやルーのパパに会いに来てほしいですし、もっと上の若い人たちなら、友達との出会いや、自分を取り巻く世界が広がっていく喜びや、歌やダンスに感じ入ってほしい。お子さんのいる親御さんなら、カイの父親の気持ちもわかるでしょう。おじいちゃんやおばあちゃんは、ぜひ昔の恋愛を思い出してください(笑)。
―― 作品を取り巻く世界観もすごくシビアで、現代の日本を思い起こさせます。
湯浅 日無町って、昔はそこそこ観光客も訪れるような漁場だったけど、今はサッパリ。前にも後ろにも進めない町なんです。何もせず待っていればそこそこ平和かもしれないけど、いずれ沈みゆくのは止められない。動き出す人を揶揄しては、失敗すれば安心する。わりとよくある状況なんじゃないでしょうか。でも、入ってくる水をかき出すだけじゃ、船はどこへも行けずに沈んでしまう。目標を決めて進むしかない。自分がどこに向かいたいのか。どこへ向かっていれば本望なのか。怖がっていてはどこへも行けないし、船が沈むことを恐れず、目標を決めてそっちへ漕げば、そのうちたとえ船が沈んでも泳ぎ、休み、また進むうち、たどり着けるんじゃないでしょうか。 ひとたび強く「いける」と思えたなら、必ず乗り越えられる。そんな前向きな映画が完成したと思っています。
監督|湯浅政明
1965年3月16日生まれ、福岡県出身。日本のアニメーション監督、脚本家、デザイナー、アニメーター。サイエンスSARU代表取締役。オリジナルなイメージにあふれた作画・演出を特徴とし、童話をイメージするような独特な揺れた線、斜めに傾いた不思議なパースなどを駆使した独自の世界観を作り上げる。
インタビュー・構成:稲田豊史